何たる…。


彼が、よりによって自分のホームグラウンドで亡くなってしまうとは。

オレがプロレスを見始めたのは何せ、新日が金曜8時、全日が土曜夕方5時半にTV放映をしていた時代から。古館さんや倉持さんの声が今も鮮明に耳に残っている世代です。

彼は颯爽とブラウン管に登場し、初代と変わらぬ動きを見せ、また数々の新技を開発しつつ古き技も大切に使っていました。

そしてあの若林アナによる『マスクを脱いだ~』から福澤アナによる『三沢が、超えた~』という名実況とともに王道をさらに深化させていきました。

もちろんそれには壁やライバルといった存在は不可欠で、鶴田やハンセン、川田、小橋、田上、秋山…。彼らと行った試合の数々、涙なしにはどれも見続けることが不可能なものばかりでした。

プライベートなことですが、オレの家に近くには以前全日の道場があり、最寄りの駅ではたまに彼らの姿を見ることも出来ました。自分が親近感を持っているスポーツ選手たちが自分の生活圏内にいるといのは、今にして思えば何とも幸せなことでした。

しかし、どうして全日出身者はこうも夭折(これが適当な表現かは分かりませんが)が多いのか。馬場さんにしても鶴田さんにしても、そしてまた今回、王道の直系である三沢さん(もうさん付けをしないといけないこと自体が、とても悲しいです)が…。

もうすぐ初七日を迎えた今でも、うまいこと言葉が順序だって出てきません。

遺されたご家族の皆様にはもとより、選手の皆さんにも何と言ってお慰めしていいものか、皆目見当もつきません。本人の心情は如何ばかりであったことか。われわれファンでさえ、言葉が見つからないのです。

鶴田さんの時もショックでした。『まだ49だろ?』と思ってました。
今回は46。あまりといえばあまりに早すぎる…。まして、一部スポーツ紙に出ている『三沢は引退する日を決めていた』という報道はおそらく事実であろうことからみても、三沢さんはもう最後の仕事を9分まで終えていたわけだから。

馳が音頭取る形でコミッションを業界で作ろう、といった動きも出てきているようです。コミッションや連盟といった動きは、生前三沢さんが何よりも望んでいたことです。

どうか、どうか残ったみんなで三沢さんの思いを少しずつでも形作っていってくれたらと思います。それが残された者の責務である、なんておこがましいことは言いませんが、三沢さんが安心できるような仕組みをみんなで考えてほしいと切に願います。

日本最強のプロレスラー、三沢光晴よ永遠なれ。

そして天国で、先に旅立ったみんな(もちろんクリス・ベンワーやエディ・ゲレロも含めて)とまた素晴らしきドリームマッチを!

コメント

たまへい
2010年11月12日11:24

はじめまして。
たまへいと申します。
あしあとからおじゃまいたしました。

三沢がいないってどういうこと?って改めてまた感慨にふけってしまいました。
ノアの皆さんはがんばっているけど、なんか気持ちが乗りにくいです。
危ない商売なんで、できるだけ手を抜いて体大事に仕事してほしいです。
難しいでしょうけどねえ。でも客のニーズの先に人命がかかっていてはいけない、
と思うのです。

ところでパパ友になっていただければと思っていますがいかがでしょうか?
最近、息子たちへの接し方で軽くかべにぶつかってたりします(泣)。
よろしくお願いします。適当で結構ですよ♪

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